【やなぎみわ展】女性とは。美とは。生命とは。

「わたしは一日にあなたの国の人間たちを千人殺してあげましょう」


 たわわに実った果実を投げつけてくる夫に向かって、女は声を荒げながら呪いの言葉を口走る。



だから見るなって言っただろうがッ!


漆黒の闇の中に、ハッキリと浮かび上がる紅い桃と、生茂る葉たち。植物の鮮やかさと夜の闇の対比で人目を引くのが、「やなぎみわ展 神話機械 MIWA YANAGI: Myth Machi」(以下、「やなぎみわ展」)のポスターです。

冒頭の暴言は、同展ポスターを大きく飾る新作《女神と男神が桃の木の下で別れる》シリーズのモチーフとなった物語のセリフです。

日本太古の神話がモチーフとなっている今作。妻の恐ろしい姿を目の当たりにして逃げ出そうとする夫・イザナギが、追ってくる妻・イザナミに対して桃の実を投げつけて追い払うという物語が、当事者たちではなく、桃にスポットを当てて表現されています。


「やなぎみわ」さんといえば、《エレベーター・ガール》で最初に注目を浴び、《マイ・グランドマザーズ》や《フェアリー・テール》といった一連の写真作品で世界的に評価を受けた現代芸術家。


女性をテーマにした写真作品が多く、中でも少女と老女を対比させたシリーズは有名です。少女:老女=美:醜という、自分勝手で安直な考えに落とし込むと、美と醜を併せ持つ“イザナミ”は格好のモデルのように思われますが、作品にはイザナミは一切現れません。もちろん夫であるイザナギも。


部屋に飾られているのは、様々な品種の桃たちを映した巨大パネル。夜の闇にボォっと浮かび上がる桃が鮮やかな色彩を放っているだけなのですが、その美しさからは緊張感というか、圧迫感というか、迫りくる何かを感じる。

そもそも夫・イザナギが妻・イザナミに桃を投げつけることになったのは、外出の支度が遅かったという、どこの夫婦にでもありそうな理由。黄泉の国まで迎えに来てくれたイザナギに、イザナミは少し待っていて欲しいと伝えます。しかも“私の体は見ないでください”という警告つき。妻がわざわざヒトコト付け加えたのに、イザナギは我慢ができず、妻の姿を見てしまいます。

そこには身体中に蛆がわき、雷を纏う妻の恐ろしいスッピンが。

驚いた夫は妻のもとから逃げ出そうとし、妻は怒りに任せて夫を追いかける。そして迫ってくる妻に対して、夫はそこらにあった果実を投げつけるのです。

想像すると壮大な夫婦喧嘩に笑ってしまいそうになるが、人気のいない空間で見る桃の木の前では、そんな可笑しささえ消えて、夫婦の張り詰めた空気を肌に感じるようでした。


“死”という名の身体消滅の先にあるモノたち


一方で、今回の個展で最も私の注意を惹いたのが、彼女が長年手掛けてきた写真シリーズではなく、不可思議な世界へと誘う、“機械”たち。

幾多のしゃれこうべに、うごめく手足、レディメイドを芸術にまで押し上げたマルセル・デュシャンの《ビン掛け》、そして、人語を話す機械。西洋の神様の名前がつけられた4つの機械は、日に2度課せられた仕事をこなします。

不思議なマシンたちによる無人公演をうんちくとともにご紹介したい所ですが、正直に申し上げて、演劇に疎いワタクシ。オイディプスやリチャード3世など、演劇で名の知れた主人公たちの名前が挙がったのは分かりましたが、はてコレがこの機械たちに何の関係があるのか……。繋がりも意味も、私にはトンと検討がつきません。

それでも、ゆったりと流れる時間の中で、人類不朽のテーマ・死をどのように捉えるべきか、「死とは悲劇か、喜劇か、それが問題だ」などど、シェイクスピア気分でひとり勝手に決着をつけました。

実際、「死」という悲劇的な出来事がテーマのようですが、頭蓋骨を投げ飛ばす“投擲マシン”や、腕と脚が蠢くマシンからは、演劇が有する喜劇性が見て取れます。

やなぎみわさんの作品では、美しさと醜さ、可笑しさと恐ろしさなど、対比する感情が見事に表現されています。どれも美しい作品なのに、人間特有の邪悪さも滲み出ていて、そのどれもが背中にひと筋の寒気を感じる。

展覧会開催中には、不思議な機械たちを小道具?に使ったライブパフォーマンスも実施。人間の死をより近くに感じられるかもしれません。

それでは、別れがあまりに甘い悲しみだから、朝になるまでおやすみを!


「やなぎみわ展 神話機械 MIWA YANAGI: Myth Machines」

会期::2019年12月10日(火)~2020年2月24日(月・祝) 
会場:静岡県立美術館
開館時間:10:00~17:30(展示室の入室は17:00まで) 
休館日:毎週月曜日(ただし、1月13日(月・祝)、2月24日(月・振休)は開館、1月14日(火)は休館
観覧料:当日券一般:1,200円/70歳以上:600円/大学生以下:無料※収蔵品展、ロダン館も併せて観覧可能。
託児サービス:無料/日曜日、祝日のみご利用可能。託児時間は10:30〜15:30/対象年齢は6カ月〜小学校就学前/預かり時間は2時間以内。
詳細はこちらを↓ ↓

http://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/exhibition/detail/57

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